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白く、赤く、青く 後編


街が賑わっている。
今日はクリスマスイヴ。空も気を利かせたのか、雪がちらちらと降っていた。
街はイルミネーションで彩られ、雪と相まって美しい景色を演出している。
「クリスマスか・・・。」
私が小さく呟くと、ハボックがニヤニヤしながら近寄ってきた。
「どうせ大佐のことッスから、なにか予定でもあるんじゃないんです?デートとか。」
「あるわけないだろう。そういうお前こそどうなんだ。」
私が溜息を洩らしながら書類に目を落とすと、ハボックは「あるわけないでしょ」と短く答えた。
「俺もクリスマスに彼女とディナーとかしてみたいッスよ。」
イルミネーションを見て・・・とハボックは妄想を膨らませている。
「・・・今夜空いているなら飲みにでもどうだ。」
書類から視線を外すことなく言うと、ハボックは無言になる。
不信に思って顔を上げると、ハボックは眉を寄せて訝しげな表情をしていた。
「大佐のおごりでしょうね。」
「まあ、いいだろう。」
「それなら喜んで!」
ハボックはひゃっほーと浮かれ気分で部屋を出ていく。

彼は、今頃何をしているだろうか。
きっと今日帰ってくるとは思えないから、これでいいのだと思う。
もしかしたらアルフォンスに付き合ってクリスマスを楽しんでいるのではないかとも思う。
連絡の一本もあれば良いのにと、私は再び溜息を洩した。

べろべろに酔っぱらったハボックをタクシーに無理矢理詰め込んで、私は何度目かわからない溜息をつく。
クリスマスイヴに男二人で寂しく飲みなんて!とハボックは嘆いていたが、おごられておいて失礼な奴だと私はあきれて苦笑した。
冬の空気が冷たくて、酔って火照った肌に心地良い。
しかしそんな気持ち良さもあっという間に無くなって、時折吹く冷たい風が酷く寒かった。
空を見上げると灰色の雲。そこからちらちらと白い雪が落ちてくる。
街も道路も白く染まって、外套のオレンジが切なく残っていた。
夕方頃の賑わいも遠くなり、今ではシンと静まり返っている。
なんとなく雪を蹴りながら帰路をたどる。

家の前でふいっと顔を上げると、そこには雪の中に埋もれた赤。
待ち望んだ赤だ。
「な・・・鋼の?」
「おっ!大佐!メリークリスマス!」
鋼のはニカッと笑って体を起こす。
「なぜこんなところで待っているんだ!風邪をひいたらどうする!」
私が焦って声をかけると、鋼のはハハハと軽く笑うだけだった。
とにかく家の中にと引っ張り込んで、赤いコートにかかった雪を払う。
「司令部に行ったらもう帰ったって言うからさ、中尉に住所聞いて来てみたんだけど居なかったから待ってた。」
「そ、んな」
私は飲みに行っていたことを後悔すると同時に、鋼のがわざわざ待っていてくれたことに内心とても喜んでいた。
急いでタオルを取りに行き、それを鋼のに渡す。
「そうだ大佐、お土産があるんだよ。」
鋼のはとても楽しそうに箱を取り出す。
いつも見ているような小さなものではなく、大きな白い箱だ。
開けて、と言われるまま開くと、そこにはチョコレートクリームに包まれたビュッス・ド・ノエルが入っていた。
しかも、私が前にみたあのフルーツタルトの有名な菓子店のものだ。
「うまそうだろ?一緒に食べようぜ。」
もう何がなんだかよくわからなかったが、嬉しくて仕方が無い。
幹を象ったクリームの上には、サンタクロースやキノコの砂糖菓子。カットすると、中にはカラフルなフルーツが巻き込まれ、とても美しい。
スポンジケーキもふんわりとしていて、口に含むと思いのほか甘さ控えめのクリームと酸味あるフルーツのバランスがとても良い。
チョコレートクリームと苺の相性は最高だ。
「うま!これ美味しいな、大佐。」
鋼のが笑いながら私を見る。
私はもう、ケーキの甘さとフルーツの酸味と良くわからない気持ちで、胸がきゅっと締め付けられるような感じがした。
「ああ、美味しいな。ありがとう。」
「そうそう、あとさ。」
鋼のはいつも持っている大きなカバンをごそごそと探る。
そして、そこから小さな箱を一つ取り出した。
青いリボンがかかったそれを私に突き出す。
「これ。クリスマスプレゼントってやつ?」
「あ、開けても?」
おう、と短く答えてくれたので、私はその小さな箱にかかった青いリボンをほどく。
綺麗な箱を開くと、そこには深い青の万年筆。
「アンタイライラしてると万年筆の先潰してただろ?だからさ。」
へへっとはにかみながらそう言った。
「ありがとう・・・。その、私は君に何も・・・。」
「いいよ、いいよ。まあ、今度文献でもくれればさ。」
じゃあ、俺はそろそろ帰るかな、と鋼のは腰を上げる。
ビュッス・ド・ノエルもプレゼントも、嬉しくて嬉しくて。
何よりも、鋼のがわざわざ私のところへ来てくれたことが。

「鋼の、今日は泊まっていきなさい。」

自分が何を口走ったかもわからない状態で、私は慌てて立ち上がる。
鋼のは一瞬驚いたように目を見開き、そして、にっこりと笑ったのだった。


2013.12.26