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甘くて甘くて、甘い


今日はバレンタインだ。
街はピンクに彩られ、あちこちに特設コーナーが設けられ、菓子やプレゼントが置かれている。
国によっては恋人同士がプレゼントを送り合う日、というところもあるらしい。ここ、アメストリスでは、女性が好きな相手に対してチョコレートを渡す日というのが一般的だ。
司令部にも誰からかわからないが、私宛に多くのチョコレートが届いている。
それは大変喜ばしいことなのだが。

「大佐は甘いもん食べないッスよね。じゃ、一ついただきまーっす。」

俺も、私も、と皆一つずつ(複数持っていく奴もいるが)取っていく。
そう。ここ司令部では私は甘いものが好きなことは隠しているのだ。
三十路にもなって甘いものが好きな国軍大佐なんぞ、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
そうして私は一つも口にできないまま、それらのチョコレートは部下によって片づけられてしまう。
「大佐は、召し上がらないんですか?」
中尉が聞く。チャンスだ、と少し思う。
「ああ…では、一つくらい。中尉、コーヒーを頼むよ。」
わかりました、と中尉はオフィスを出ていく。
ハボックがニヤニヤと笑いながらこちらを見た。
「大佐ぁ、無理することないッスよ。俺らが片づけますからー。」
「私に宛てられたチョコをそこまで消費する余裕があるということは、お前は全く貰えていないということだぞ。悲しくないのか。」
逆にニヤニヤと笑い返してやるとハボックは「そうッスよ!悪いですか!」と喚きながらチョコをガツガツと口に掻き込んでいく。
今食べた奴は高級チョコだぞ。
私は内心、食べてみたかったと悔しく思いながら、その思いを胸に秘める。
中尉がコーヒーを持ってきてくれて、ようやく私はずっと食べてみたいと思っていた高級チョコレート(さっきハボックが食べた物とは別のものだ)を口に運んだ。
甘すぎず、しかし苦いわけでもなく程よい甘さ。しかも、口に残らずさらりとした舌触り。
これが高級チョコレートかと、感動さえ覚える。
しかし、あまりチョコレートに浸るわけにもいかず、すぐに美味しいチョコレートの余韻はブラックコーヒーで流さなくてはいけなかった。
苦みがさらりと流れて行って、少し悲しくなった。

その日の夜。
もうバレンタインも終わろうと言う時間。バレンタインなどと言う浮かれた日だと言うのも無関係に、
私は書類の山をひたすら片づけていた。
「はあ・・・。」
これから2月の寒い空気の中、暗い家まで帰るのだと思うと気分も沈む。
そこに、わずかだが足音が聞こえた。そして、勢いよく扉が開く。
「は、あ、大佐!よ、お!」
「は、鋼の!?」
駆け込んできた鋼のに驚くが、それよりも随分走って来たのだろう汗までかいている。
「ど、どうしたんだね…?」
「これ…渡そうと思って…!」
鋼のが差し出したのは、最近南部ではやり始めた高級菓子店の袋だった。
「これは…?」
「チョコ。アンタ、自分に来たのほとんど食えてないんじゃねーの?」
「あ、ああ…。」
袋を開けてみると、可愛らしいチョコレートが並んでいた。
「ありがとう…。」
その可愛らしいチョコレートを一つ口に含む。
甘みとほろ苦さが広がって、ほわりと甘い香りが漂う。
うっとりしていると、そこに鋼のの顔が迫ってきて、軍服の襟をぐいっと引かれる。

そして、唇が重なった。

「んう!?」
鋼のが唇をぺろりとなめ、顔を離す。
「甘いな」
そういって彼は笑った。


2014.02.14 バレンタイン